色の魔法を信じていて、目に優しそうな紺と水色のあいだくらいの水性ペンを使っている。書きためたメモを後から読みかえすとき、これまでは赤鉛筆か赤のボールペンを使っていたのだが、間違いを書きなおすのになにも朱や赤である必要はなにもない。今の私のほうがずっといい、という意味でそこに時間の隔たりが分かればいいのだから、それならあまり自己主張しすぎずも確かにちがいの分かる、静かな青のインクが好きである。
2016/6/7 鳥山 柚樹
ウイスキーが美味しいから今日は普段より調子がいい。センチな曲を聴きながら琥珀の小瓶を弄っていたら旅にでも出たい気分になった。外は久々の高気圧、電車に揺られて春のみずうみでもみに行きたいなと考えた。冬のうちについた籠りぐせはこれまでどうしても捨て去ることができなかったが、湖西線の春の景色と琥珀の瓶の魅惑の前ではすっかり軽くなっていた。心はあいも変わらず重いままなのだが、高気圧に吹き上げられた桜の花びらのように今日という日は何故か身体が軽く感じるのであった。
駅までのみちのりは春の匂いがした。菜の花畑のまぶしい黄色が単色だった冬の私の眼底を一気に春に変えた。そのとき黄色のさざ波が大きく揺れた。久々の高気圧で帽子が飛ばされそうになった。風で翻る帽子を抑え、青空を見上げると春風はほんのり蜜の味がした。
久しぶりに見た太陽は眩しすぎるから、外套にそよ風を通すとひやりとして気持ちがいい。いつまででも夢の中で立っていたい気持ちである。
色の魔法を信じていて、目に優しそうな紺と水色のあいだくらいの水性ペンを使っている。書きためたメモを後から読みかえすとき、これまでは赤鉛筆か赤のボールペンを使っていたのだが、間違いを書きなおすのになにも朱や赤である必要はなにもない。今の私のほうがずっといい、という意味でそこに時間の隔たりが分かればいいのだから、それならあまり自己主張しすぎずも確かにちがいの分かる、静かな青のインクが好きである。
2016/6/7 鳥山 柚樹
本格的な撮り鉄になってくると、旅情というものとはなんだか縁遠くなってしまう。外へ出かける目的が、ベストショットをカメラに収めることになってしまって、旅というより出張という言葉に近いものになってしまうからである。綿密に組まれた撮影計画、ただ、列車に遅延や突然の運休、その他のアクシデントはつきものであるから、旅の途中、時刻表に書き込んだ通りにはゆかなくなることもある。午後の予定は総崩れである。
しかし肩を落とし、仕方なく残りの切符をつかっていると、普段なら目にも留めない小さな通過駅がふと気になるときがある。無人駅でそっと降りてみて、田畑のあいだを歩きながら思いがけず空の広さに気付いたり。
旅の目的はそれぞれあって結構だけれども、列車の乗り違い、予期せず先へ進めなくなったとき、それがかえって予定外の旅のきっかけに変わるとき、撮り鉄は忘れかけていた旅情のときめきに思いはせるのである。
2017年8月7日 鳥山 柚樹
傾きかけた陽を西に、明るい通り雨のなかを歩いていると、“ I got caught in a shower.”という英語がなんだか詩的な響きをもって聴こえてくる。
よく晴れた夏の日をざっと洗い流してゆくのが、冷たい雨である。夏らしく背高い雲が空の果てまで伸びたあと、崩れて降る短かい雨である。
そんな雨に傘をさして、私の周りで雨が降っている、と言ってみたり、軒先に隠れて雨が止むのを待ってみたりするのではなく、雨に打たれた私ひとりにカメラのフォーカスは絞られて、まるでドラマの主人公かのように、私は今、雨に降られている、と言う。
“I got caught in a shower.”ともすれば、こんな言い回しは学生時代に習うもので、慣れてしまえば、何気ない夏のひとことになるのだろうが、同じ雨を語るにも言葉が違えば描きかたもちがってくるのかと、ひとりロマンティックな空想にふけっている。
柘植と書いて、「つげ」と読ませるのだという。三重と滋賀のさかいめあたり、関西本線と草津線とを結ぶ、まあターミナルである。
改札を兼ねた一番線ホームから橋を渡って降りる三番線、こちらには草津線のクリーム色の電車が停まっていたり、電化がされている。ただ、ふと見れば一・二番線には架線が張られていない。なるほど、それで空が広く見えたわけである。木造りの風情ある駅舎と、まわりを囲む青々とした山のみどりがきれいである。
空の色だけを見て、ああ夏だ、などと思うのはやや早とちりかもしれないが、うっすら白いもやのかかった青い空に、私は季節を感じるのである。梅雨のなかやすみのよく晴れた日、草木の吐息、あつい水蒸気に空はうっすらかすんでいる。森も林も呼吸をしている証拠である。
休日の昼間ということもあろうが、一時間に一本と、かなりあっさりとしたダイヤだから、待てど暮らせど列車は来ない。しかし、駅舎は昔の名残か、長いばかりのホームの端をやたらともて余している。
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