2017年06月23日

宇宙(そら)に一番近い場所〜小海線・野辺山高原

 JR小海線は中央本線の小淵沢と、かつての信越本線の小諸とを結ぶ、単線・非電化のローカル線である。小諸と言えば、浅間のふもと軽井沢のお隣で、詩人・島村藤村も足跡をのこした土地、おとずれてみたい街であるが、小海線には「八ヶ岳高原線」と愛称がつくほどで、出発駅の小淵沢から連峰をのぞみつつ、ゆっくりゆっくりと八ヶ岳のふもとの緑鮮やかな林のなかをずっとのぼってゆく。白樺林のなか、ふと気まぐれに小さな家が見えたりして、南の軽井沢とでもいいたくなる。

 こうしてディーゼルに揺られて八ヶ岳を目指すのは初めてなのであるが、この先にJR線の最高地点があるということは有名で聞いていた。黒部峡谷鉄道などを除けば、日本で一番高いところを走る列車である。その最高地点というのは、小淵沢から30分ほどの野辺山駅の直前にあって、車内のアナウンスでも話してはいたのだが、肝心なその標高は書きとめておけなかった。というのも、山肌の形をうつすように緑の濃淡をなした八ヶ岳と、そのふもとに広がる畑の中に立って大きな空を見上げている白いパラボラが、高原らしい晴れのなかでなんともいえぬ調和、ひとつの景色をつくっていたからである。

Nobeyama_Radio_Observatory_04.JPG

 野辺山高原におかれたこのパラボラは、ミリ波電波望遠鏡と呼ばれるもので、遠い宇宙で発せられた光のようなとても弱い電波を観測するためのアンテナで、直径が45mもある。宇宙というのは広すぎて、光の伝わる速さを物差しに使うのだが、光の速さは有限である。つまり、遠いとおい宇宙のことがわかるということは、とおい昔のことがわかるということと同じである。野辺山のこの宇宙望遠鏡よりも、大きさだけでは世界にもっと大きなものはあるのだが、繊細な技術によって常にアンテナの形がきれいに整えられているために、世界でもこの上ない精度で昔の宇宙の姿を知ることができるそうである。

  ディーゼルの匂いも味わい深く、野辺山の駅に降り立ってみると、空だけでなくて、初夏らしく心もはればれとしてきたようで、駅前で自転車を借りて、広々とした畑と青空のあいだをのびのびと駈けてみたいと思ったりしたのが、新鮮だった。高原に住む人たちの暮らしはおよそ駅の周りに集まっていて、視界のつづくかぎり点描画のようにきれいに緑の並んだ畑が広がっているようである。そのなかに電波望遠鏡のような大きな機械が立っているのは不釣り合いで異様な景色かと想像するのだが、どういうわけか風景の一部に溶け込んでいるのである。そらに向かって立つパラボラ、ここが天に一番近い場所だからであろうか。

Nobeyama_Radio_Observatory_05.JPG

 かんたんな望遠鏡で見られる宇宙を浅い宇宙とすれば、この野辺山の45m電波望遠鏡は深く遠い宇宙をみるために使われているそうである。小淵沢の駅は881mで、野辺山駅のホームには1345mとあったから、周囲を山に囲まれたこの高原は、比喩でなくても都会と切り離されていて、にぎやかな都会の電波が聴こえにくく、しずかに宇宙に耳を澄ませるには他にない場所なのだという。

 八ヶ岳のほうに陽が沈んで、一番星、そして二番目と星を追っていると、高原の広い空はいつのまにか天高くきらめきを散りばめたような静寂に包まれる。野辺山という、そらに最も近い場所に座って、遠い宇宙からのかすかなメッセージを聴こうとするとき、いまもこうして夜空のどこかで私たちと同じように遠い彼方を探りあっている我々がいるようにも思えてくる。

鳥山 柚樹

Nobeyama_Radio_Observatory_01.JPGNobeyama_Radio_Observatory_02.JPG
posted by Y.Toriyama at 08:00| Comment(0) | 日記