2018年02月20日

ひらめきで数学を楽しむ〜積分は微分の逆演算〜

 問題に対してどういう態度でどう理論立てて向かってゆくか、というのが数学の学問でいちばん大切なことである。ただ、パズルやゲームとして数学を楽しむばあいには、理詰めで考えるよりも、ひらめきや勘に頼ってみるのもいいじゃない、という話をしたい。そしてそれは言わずもがな、数学研究の行き詰まりに風穴を開ける発想力のトレーニングになる、ということでもある。
 ある函数に対して、微分をするとそれに戻るような函数を求めることを”積分する”と言っている。面積や体積を求めたりする具体的な意味の積分と区別して、”原始函数を求める”と言ったりすることもあるのだが、原始函数を求めることは函数を微分することに比べて案外難しい。それは、微分操作にはある程度のセオリーがあるのに、積分にはこれと決まった定石があるわけではないからである。“置換積分”というのも(先人の積み上げてきた)経験則であるし、“部分積分法”とかいうのも定理と呼べるものではなく、どちらかといえば慣れとかコツのようなものである。事務処理的に問いを解くなら、これらの経験則をしがんでねちっこく計算を進めるほかないが、これらの方法は“これを使うとうまくゆくことがあった、だからうまくゆくことがないわけではない”という程度のものであるから、あまり囚われすぎないほうがいい。
 もっと自由に考えるにはどうしたらいいか。そもそもの原始函数の定義を、“微分したら元の函数に戻るもの”あたりに考えるならば、あてずっぽうにひらめき出した函数を微分してみてそれが元の問題の函数と一緒ならば、それが答えだ、ということになる。ただ、あてずっぽうというには数式の世界は広すぎるから、“適当に考える”の“適当”をハイブリットな意味で使わなければならない。微分の法則やその数式に対して持っている色んな知識を使いながら分析し、楽な気持ちでトライ・アンド・エラーを繰り返す。
 このあいだ、またひとつ数学の未解決問題が解決されたけれど、厳密性の数学とはいいながらも、世紀の大発見はまずひらめきから始まって、そのあと丁寧な思考によって精密に作り上げられてゆくものなのである。何事もひらめきに頼って生きてゆくのも悪くない、と近頃はおもうのである。∎

2018年2月19日 鳥山 柚樹

講義ノート・略証のダウンロード

Inspiration_and_Imagination.pdf

posted by Y.Toriyama at 11:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 数学
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