2017年09月18日

淡い望郷

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             背の高い送電線がまっすぐに伸びる線路の上に続いていて、夕やみに沈んでゆく薄暗い街を見渡すように二、三羽の黒いカラスが微妙な間隔をあけてとまっている。時折、何か呼びかけるようにカラスはかあかあと鳴いたが、足元を貨物列車が通るとそれぞればらばらの方向に飛んでいった。石油の積まれたタンク、赤紫色のコンテナがいくつか続いて、石灰石の入ったらしい有蓋車。単調な貨車の音が線路を走り去ると、一羽は北へ、また一羽は西のほうへ、そしてまた一羽は違うほうへと散りぢりに飛んでいった。

              電灯で明るい電車を待つのとは違って、機関車につながれた貨車はどこまでも無機質で、普通では聴かないようなモーターか何かの大きな音が機関車が過ぎるとき、こちらの息をあっと潰してゆくようだ。

              東海道貨物線には日本各地からの貨物列車がやってくるが、それがどこからやってきたものなのかは、だいたい機関車の横っ腹にあるプレートを見ればいい。今行った列車はおそらく愛知、滋賀、京都を超えて、さらに西へむかう長い列車なのだろう。日没間際に東京を出て、暗い線路を足元ちかくだけを照らしながら、やすみなく西へ西へと東海道を下ってゆく貨物列車を私は思ってみる。ただ、それは夢を追った上京の旅の逆戻しでしかなく、厳しく言えば甘えのような妄想に過ぎないのかもしれない。

              私はこんな夕暮れ時に、都会へ出るために裸の蛍光灯がやけに眩しいようなこのホームで列車を待っている。電車はそのうち来ることだろう。また貨物が目の前を通り過ぎた。ヘッドライトをつけて明るいのは頭の電気機関車だけで、あとは黒光りするタンクやコンテナがただ無関心に通り過ぎてゆくだけである。それなのに私はどうしてもそこに懐かしさを求めたりして、できることならば時折現れる荷物の積んでいない空の台車にとび乗って、夜中でも帰ってしまいたいような思いに震えている。ただ、信号は青になって列車は徐々にスピードを上げて走り去ってゆくと、私の淡い思いはあっけなく撥ねのけられてしまったように感じた。

2017/3/24 鳥山 柚樹

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2017年08月21日

どこまでも続くレール、貨物列車

 今日の旅の始まりは神奈川県川崎市のはずれにある、八丁畷駅である。鉄道というと我々が直接乗って交通手段として使う旅客線が主役になりがちだけれども、歴史的に見れば自動車輸送がここまで発達していなかった昔においては貨物列車も非常に重要であったし、今日でも、あからさまに人目に出ることこそ少ないが、裏の主役ともいえる。ここ八丁畷駅がある浜川崎線(南武支線)は細長い日本の東西を結ぶ東海道貨物線の一部となっていて、旅客電車の合間あいまに多くの貨物列車が走っている。

 そんなわけで浜川崎線の取材をしに来たのだけれども、京急線で品川方面から各駅停車で京急の同名の駅に降り立って京急800系の出発を見送っていると、その間に同じタイミングで上の高架駅のほうに浜川崎線205系がトコトコとやってきた。よくダイヤを調べてくるんだった、昼間だから次まで30分くらいは待たなければ、とため息をついた。この駅は京急とJR東日本の共用駅で、一階の京急線のホームと二階の浜川崎線ホームは階段でつながっているのだけれども、駅の中をかけらかすのも行儀がよくないから仕方ない。

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 沿線に一つの町内会のような大きなマンションが再開発で建って、それに合わせて新駅なども無人駅ながら作られたから、朝晩はそれほどでもないが、通勤ラッシュが過ぎてしまえば、短い二両編成の205系の旅客線より、長い貨物列車の行き来のほうが多いのが常である。

 長大な貨車を引っぱる電気機関車の額には、普通の電車のように行先は書かれていないが、機関車の横顔にはめられた「吹」や「愛」、「岡」のような文字が遠い貨物のふるさと、あるいはゆくさきを物語っている。

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 浜川崎と尻手のあいだの3、4個の小さな駅を、途中すれ違いも無く、一本の205系が行き来するだけの昼間のダイヤのあいだに、全国各地から東京を目指して夜通し走り抜けてきた長いながい貨物列車がラストスパートをかけてゆく風景は、写真を撮りながら見ていてとても不釣り合いのようだけれども、これがまた浜川崎線の魅力だったりする。

 貨物列車らしく機関車は武骨な顔立ちをしていて愛着を持つには簡単ではないだろうが、どこまでもレールはつながっていることから想像を膨らませて、この機関車が走ってゆくなつかしい日本のどこか、まだ見ぬ日本のどこかに思いを馳せたりするのである。

鳥山 柚樹

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2017年08月06日

みずうみのむこうに

東海道本線の米原から京都まではちょうど湖に沿って走るようだから、琵琶湖線という愛称で呼ばれている。途中の彦根から乗った上り電車はやけに空いていた。花火大会があるらしく、彦根では降りてゆく人ばかりを見ていたこともあって、平日の夕方だというのに珍しいじゃないか、と私は言った。きっとこの後の近江八幡で新快速に追い抜かれるダイヤゆえのことであろう。列車は次の安土に着いてドアを開いたが、冷えた空気がホームを一瞬癒しただけで徒らだった。


ずいぶん気の抜けた旅をしているようであるが、今日はひとまず、この窓の外の琵琶湖のむこう、そのひと山越えたさきの京都の街まで行かねばならない。むろん、このままがら空きの普通電車に揺られていれば、ひと眠りでもするうちに京都には連れていってくれるのだが、長い湖畔と山越えの道という距離をむかしの旅人の草鞋のほころびに換えてみたりすると、ふとため息が出るのである。ちょうど列車の向きが太陽の沈むのを追いかけるような形なのが、私にそんな想像をさせるのかもしれない。


米原と京都のあいだ、道程も半ばにさしかかると、いよいよ夕暮れも終いになって、湖西に立ちこめた雨雲だか、比叡・比良の山脈だかに赤い太陽は隠れてしまって、浮雲の横っ腹をむらさきか紅に染めるばかりで、水際は遠く沿線に広がる圃場やその中に散らばる家々は、夕時の風景の中に押し黙ったように暗く沈んでいる。


旅の疲れか、明日への気怠さか、私の視線の行くさきは自然とほおづえをついて眺めみる窓のそとである。舞台の幕が閉じてゆくように日が暮れる、夜のとばり、とはよく言ったもので、東の空はもう夜の色をしているのに、西のほうを向けばかえってあかあかとして、湖の上に広がる大きな空に壮大なグラデーションが映るのである。


大津あたりも近くなって、そのうち車窓に黄色い光がぽつぽつ浮かびだせば、このあいまいな時間は終わりである。そして美しく眺めた広い空も、しょせん光に色付けされたものであったのか、と思い知る切なさがあとに遺るところだが、こんな空の儚さは祭りのあとの線香花火のようだね、と私は言った。


2017年8月6日 鳥山 柚樹
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2017年06月23日

宇宙(そら)に一番近い場所〜小海線・野辺山高原

 JR小海線は中央本線の小淵沢と、かつての信越本線の小諸とを結ぶ、単線・非電化のローカル線である。小諸と言えば、浅間のふもと軽井沢のお隣で、詩人・島村藤村も足跡をのこした土地、おとずれてみたい街であるが、小海線には「八ヶ岳高原線」と愛称がつくほどで、出発駅の小淵沢から連峰をのぞみつつ、ゆっくりゆっくりと八ヶ岳のふもとの緑鮮やかな林のなかをずっとのぼってゆく。白樺林のなか、ふと気まぐれに小さな家が見えたりして、南の軽井沢とでもいいたくなる。

 こうしてディーゼルに揺られて八ヶ岳を目指すのは初めてなのであるが、この先にJR線の最高地点があるということは有名で聞いていた。黒部峡谷鉄道などを除けば、日本で一番高いところを走る列車である。その最高地点というのは、小淵沢から30分ほどの野辺山駅の直前にあって、車内のアナウンスでも話してはいたのだが、肝心なその標高は書きとめておけなかった。というのも、山肌の形をうつすように緑の濃淡をなした八ヶ岳と、そのふもとに広がる畑の中に立って大きな空を見上げている白いパラボラが、高原らしい晴れのなかでなんともいえぬ調和、ひとつの景色をつくっていたからである。

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 野辺山高原におかれたこのパラボラは、ミリ波電波望遠鏡と呼ばれるもので、遠い宇宙で発せられた光のようなとても弱い電波を観測するためのアンテナで、直径が45mもある。宇宙というのは広すぎて、光の伝わる速さを物差しに使うのだが、光の速さは有限である。つまり、遠いとおい宇宙のことがわかるということは、とおい昔のことがわかるということと同じである。野辺山のこの宇宙望遠鏡よりも、大きさだけでは世界にもっと大きなものはあるのだが、繊細な技術によって常にアンテナの形がきれいに整えられているために、世界でもこの上ない精度で昔の宇宙の姿を知ることができるそうである。

  ディーゼルの匂いも味わい深く、野辺山の駅に降り立ってみると、空だけでなくて、初夏らしく心もはればれとしてきたようで、駅前で自転車を借りて、広々とした畑と青空のあいだをのびのびと駈けてみたいと思ったりしたのが、新鮮だった。高原に住む人たちの暮らしはおよそ駅の周りに集まっていて、視界のつづくかぎり点描画のようにきれいに緑の並んだ畑が広がっているようである。そのなかに電波望遠鏡のような大きな機械が立っているのは不釣り合いで異様な景色かと想像するのだが、どういうわけか風景の一部に溶け込んでいるのである。そらに向かって立つパラボラ、ここが天に一番近い場所だからであろうか。

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 かんたんな望遠鏡で見られる宇宙を浅い宇宙とすれば、この野辺山の45m電波望遠鏡は深く遠い宇宙をみるために使われているそうである。小淵沢の駅は881mで、野辺山駅のホームには1345mとあったから、周囲を山に囲まれたこの高原は、比喩でなくても都会と切り離されていて、にぎやかな都会の電波が聴こえにくく、しずかに宇宙に耳を澄ませるには他にない場所なのだという。

 八ヶ岳のほうに陽が沈んで、一番星、そして二番目と星を追っていると、高原の広い空はいつのまにか天高くきらめきを散りばめたような静寂に包まれる。野辺山という、そらに最も近い場所に座って、遠い宇宙からのかすかなメッセージを聴こうとするとき、いまもこうして夜空のどこかで私たちと同じように遠い彼方を探りあっている我々がいるようにも思えてくる。

鳥山 柚樹

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2017年05月26日

ロマンスをもう一度

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東京の私鉄のなかでもっとも幅広く有料特急を走らせているのが、小田急電鉄ではないか。

ロマンスカーの名前で有名な同社の特急電車はその数も多く、カメラを持っていない日でも、沿線のカフェにでも入ってくつろぎながら列車ウォッチングができる楽しい路線である。

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新宿を起点とする小田急線は、東京都を横切り、多摩川を渡った後は神奈川県に入り、途中枝分かれして、一方は藤沢・江の島方面へ、もう一方は箱根の山を目指して西へ進み、小田原・箱根湯本方面へ進んで行き、一部はJR東海の御殿場線経由で富士山の東山麓である御殿場まで乗り入れる列車もある。

小田急ロマンスカーのうち、湘南の海を目指すのは「えのしま」、相模の国を走り抜けて、歴史の町小田原を目指すのは「さがみ」、さらに箱根登山鉄道に乗り入れて山を上っていく列車には「はこね」の愛称がそれぞれつけられている。ロマンスカーのCMでよく見る美しい景色はこのはこねではないか。また、2・3時間おきに運行されている御殿場線乗り入れの特急には「あさぎり」という、何ともいえない旅情を漂わせる名前がついている。

使われている車両もいろいろな世代とカラーリングがあってそうした違いが思わず目を楽しませる。

朱色と言ったほうが正しいのか、赤色は長いことロマンスカーの伝統となってきた色である。21世紀に入ってから登場した車両も含めてすべての車両が、朱色の細帯を身にまとっていて、普通電車とは一味違った、特別な旅、ロマンスを感じさせるようなデザインになっている。

また、近いうちには車体、そしてそのよそおいを一新したリニューアル車が登場することも公式に発表されていて、さらに鉄道ウォッチングが楽しくなること、間違いなしである。


ちょっと都会の華やかさに置いてゆかれてしまったな、忙しさにため息が続いているな、なんてときには、ロマンスカーでちょっと遠くへ足を延ばしてみるのも素敵な日になるのかもしれない。

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posted by Y.Toriyama at 07:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 電車