2017年10月23日

静かな朝を東京で

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 朝の中央線快速、山手線のうちがわを走っているのに、東京から新宿へ向かう電車はめずらしくうんとすいている。これを見つけてからは、わざわざ東京へ回るのを遠回りと思わず、長い座席にのんびりと座って外濠のしずかな景色を眺めたりするのが毎朝のきまりとなった。

 私は、東京から見ればずっと南の鎌倉辺りからながいこと新宿に通っているから、最近では便利になった湘南新宿ラインをつかえばひと足でパッと、いや、ひと眠りで乗り換えなくゆけるのだけれども、うちを早く出て、横須賀線で東京へ回って、地下ホームからの階段を上ったところにあるカフェでちょっと軽めな朝ごはんをいただいて、それから腕の時計を見てもまだ出社までは一時間。テーブルを片付けてもらって、コーヒーを楽しみながら、ちびちびと小説を読み進めたりする。そしてそれから、エスカレーターを上がってオレンジ色の電車でゆったり座って通うのが、なんだか心地よくて、早起きは苦手で何事も三日坊主で済ませてきた私でもできるちょうどいい習慣となって、たまに寝坊をして鎌倉駅行きのバスに一本乗り遅れて新宿に直行しなければいけなくなった朝などには、大人としては分かっていても、どこか子供っぽい自分がまだぼんやりと目をこすっているような気さえするようになった。

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 仕事の帰りなんかに八重洲口のほうに用があって、新宿から一駅の代々木駅あたりから各駅停車に乗ったことがあったが、この黄色い電車は御茶ノ水でオレンジ色の東京行きに乗り換えるまでのあいだ、何回もわきを走る快速電車に追い抜かれたりした。中央線はオレンジ色の快速と黄の各駅停車が別々の線路を走るようにつくられている。いつもは各駅停車をどんどん追い抜いてゆくのだけれども、逆に抜かれる立場になってみると、新宿・東京間は結構長い時間乗っているように感じたのを覚えている。

 だから、距離でいえば結構な遠回りになるのだろうけど、御茶ノ水のほかには四谷にしか止まらない快速を使うから、時間でいえば10分か15分くらいのほどよい寄りみちになっているようである。

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 まいあさ毎朝、東京のまわりから都心へ向かう電車はJR、私鉄を問わず、息をするのもつらいほどの混雑で、窓の外の景色などに気を向ける余裕などなかなか生まれてこないのだが、こうして早起き・健康づくりを兼ねて、小さな遠回りを日々かさねることで、外濠のみずに映る空のいろの微妙な変化だったり、言葉にするのは難しいことだけれども、いつのまにか季節の変わり目に敏感な自分を発見したりと、この歳ながら、自分の中に変化が生まれていることにおどろいたりしている。

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2017年10月18日

"回らない"大阪環状線

東京の人が大阪へ来て、なんばにでも行こうと大阪環状線に乗り換えようと思うと困ってしまうことがしばしばある。"環状線"というのだから、ひたすらぐるぐる回る、西の山手線のようなものだろう、というのが関東人の論理であって、列車を待ち並ぶための乗車位置がいくつもあるのがよくわからないのである。

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次の電車は何分だろうと、人混みの頭のあいだから電光表示板を見つけると、確かに山手線のように3分、5分間隔で来るようだ。たしかに大阪も大都市である、と納得するのだが、それも束の間、けたたましいホーム・メロディーと共にやってきた電車は"関空・紀州路快速"とかいていて、頭はもうクエスチョンマークである。数分前のわたくしの行いを振り返ってみても、ホームを間違えているわけではなく、確かに大阪環状線のホームである。"紀州"とはもちろん和歌山あたりのことだろうが、大阪駅も広いのだからほかのホームから出そうなものである。

とりあえず、というのが関東人の癖だから、次の電車を待ってみると、やってきたのはオレンジ色の201系。えぇ、と声が出てしまった。どうして梅田に往年の中央特快がやってくるのだろう。JR東日本ではもう国鉄系車両はほとんど消えてしまったが、西日本では部品や内装を新しいものに取り換えて、古い車両とも長く付き合う、いわゆる延命工事をやっているそうで、思いがけず懐かしい電車に出くわして驚いて、思わず声に出してしまった。

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どうやらこの"中央線快速電車"が正解らしく、こともなく東回りに半周回って、新今宮で乗り換えて、JR難波の駅に着いた。土地勘がまったくないと難波の地下駅も出口がさまざま、難しい駅であるが、あたふたした電話口のわたしの声をくみとって改札口まで出迎えに来てくれた。つきあいの長いふるい友人だったが、大阪で会うのはほぼ初めてだったといっていい。

彼は程よい早口で、リズム感豊かな関西ことばですっきり話す男であるが、新幹線を降りてからの事の顛末を彼に語ると、ああ合点なるほど、といった顔でてきぱきと教えてくれた。


山手線で一大ターミナルというと東京駅であるが、それと対になるのはちょうど向かいにある新宿駅である。これと同じように、大阪駅と対になるのが新今宮の次の天王寺という駅である。新宿駅から中央線が西へ伸びているけれども、同じように天王寺駅からは東へ大和路線、南へ阪和線が伸びている。

中央線の場合は山手の円を横切る御濠端の線路があるから構わないが、大阪環状線にはそれがないから、大和路線・阪和線からの電車を大阪まで通すために環状線の線路を使わせているのである。


たしかに山手線も途中、埼京線や京浜東北線なんかと並走することはあるけれど、彼らが山手線の線路にまで入ってくることはない。だから、上り・下りの単複線の環状線にいろんな行先の列車が走るのはものめずらしく映るのであった。

しかし、これを聞いてもなんだか腑に落ちない気がするのは、環状線なのに回らないのか?と思うからである。出会って早々こんな話ばかりなのは私も仕方ないが、嫌でもなく教えてくれるのだから彼はほんとうに優しいやつである。


これは後でじっさいに奈良方面から"大和路快速"で大阪まで乗ってみてやっと納得したことであるけれど、大阪へ上ってくる快速は天王寺から新今宮、弁天町、西九条、福島と環状線の西側を回って大阪駅までやってくるが、ここから何事もなかったかのように天王寺行きに変わり、環状線の残り東半分を各駅停車としてゆくのである。逆に和歌山や奈良へ向かう下り電車は大阪駅始発ではなく、天王寺が始発で、寺田町、桃谷、京橋なんかを回って、大阪駅から快速運転になって、もいちど天王寺を通って各地へ走ってゆくのである。なんだか数字の6を裏返したような路線図で、回る部分では半周は慣らしでもしているかのようで面白い運転のしかたである。

もちろん、山手線のようにぐるぐる回るだけの列車もあって、それがさっきのオレンジ色の国鉄系である。ただ、これも時には輪っかをはずれてユニバーサルスタジオのあるほうへ行ったりするから気を付けないといけない。


一つのホームにいろんな行先の列車がくる、いろんな時代の列車がくる、同じ線路の上にいろんな電車を通す臨機応変なやり方は、商人の街・大阪のやりくりじょうずな気質を反映したものかもしれないし、何事にしてもとかくお堅く考えがちで発想の柔軟さに欠ける関東人も学ぶところがあるのではないかと思ったりした。



鳥山 柚樹
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2017年09月18日

淡い望郷

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             背の高い送電線がまっすぐに伸びる線路の上に続いていて、夕やみに沈んでゆく薄暗い街を見渡すように二、三羽の黒いカラスが微妙な間隔をあけてとまっている。時折、何か呼びかけるようにカラスはかあかあと鳴いたが、足元を貨物列車が通るとそれぞればらばらの方向に飛んでいった。石油の積まれたタンク、赤紫色のコンテナがいくつか続いて、石灰石の入ったらしい有蓋車。単調な貨車の音が線路を走り去ると、一羽は北へ、また一羽は西のほうへ、そしてまた一羽は違うほうへと散りぢりに飛んでいった。

              電灯で明るい電車を待つのとは違って、機関車につながれた貨車はどこまでも無機質で、普通では聴かないようなモーターか何かの大きな音が機関車が過ぎるとき、こちらの息をあっと潰してゆくようだ。

              東海道貨物線には日本各地からの貨物列車がやってくるが、それがどこからやってきたものなのかは、だいたい機関車の横っ腹にあるプレートを見ればいい。今行った列車はおそらく愛知、滋賀、京都を超えて、さらに西へむかう長い列車なのだろう。日没間際に東京を出て、暗い線路を足元ちかくだけを照らしながら、やすみなく西へ西へと東海道を下ってゆく貨物列車を私は思ってみる。ただ、それは夢を追った上京の旅の逆戻しでしかなく、厳しく言えば甘えのような妄想に過ぎないのかもしれない。

              私はこんな夕暮れ時に、都会へ出るために裸の蛍光灯がやけに眩しいようなこのホームで列車を待っている。電車はそのうち来ることだろう。また貨物が目の前を通り過ぎた。ヘッドライトをつけて明るいのは頭の電気機関車だけで、あとは黒光りするタンクやコンテナがただ無関心に通り過ぎてゆくだけである。それなのに私はどうしてもそこに懐かしさを求めたりして、できることならば時折現れる荷物の積んでいない空の台車にとび乗って、夜中でも帰ってしまいたいような思いに震えている。ただ、信号は青になって列車は徐々にスピードを上げて走り去ってゆくと、私の淡い思いはあっけなく撥ねのけられてしまったように感じた。

2017/3/24 鳥山 柚樹

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2017年08月21日

どこまでも続くレール、貨物列車

 今日の旅の始まりは神奈川県川崎市のはずれにある、八丁畷駅である。鉄道というと我々が直接乗って交通手段として使う旅客線が主役になりがちだけれども、歴史的に見れば自動車輸送がここまで発達していなかった昔においては貨物列車も非常に重要であったし、今日でも、あからさまに人目に出ることこそ少ないが、裏の主役ともいえる。ここ八丁畷駅がある浜川崎線(南武支線)は細長い日本の東西を結ぶ東海道貨物線の一部となっていて、旅客電車の合間あいまに多くの貨物列車が走っている。

 そんなわけで浜川崎線の取材をしに来たのだけれども、京急線で品川方面から各駅停車で京急の同名の駅に降り立って京急800系の出発を見送っていると、その間に同じタイミングで上の高架駅のほうに浜川崎線205系がトコトコとやってきた。よくダイヤを調べてくるんだった、昼間だから次まで30分くらいは待たなければ、とため息をついた。この駅は京急とJR東日本の共用駅で、一階の京急線のホームと二階の浜川崎線ホームは階段でつながっているのだけれども、駅の中をかけらかすのも行儀がよくないから仕方ない。

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 沿線に一つの町内会のような大きなマンションが再開発で建って、それに合わせて新駅なども無人駅ながら作られたから、朝晩はそれほどでもないが、通勤ラッシュが過ぎてしまえば、短い二両編成の205系の旅客線より、長い貨物列車の行き来のほうが多いのが常である。

 長大な貨車を引っぱる電気機関車の額には、普通の電車のように行先は書かれていないが、機関車の横顔にはめられた「吹」や「愛」、「岡」のような文字が遠い貨物のふるさと、あるいはゆくさきを物語っている。

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 浜川崎と尻手のあいだの3、4個の小さな駅を、途中すれ違いも無く、一本の205系が行き来するだけの昼間のダイヤのあいだに、全国各地から東京を目指して夜通し走り抜けてきた長いながい貨物列車がラストスパートをかけてゆく風景は、写真を撮りながら見ていてとても不釣り合いのようだけれども、これがまた浜川崎線の魅力だったりする。

 貨物列車らしく機関車は武骨な顔立ちをしていて愛着を持つには簡単ではないだろうが、どこまでもレールはつながっていることから想像を膨らませて、この機関車が走ってゆくなつかしい日本のどこか、まだ見ぬ日本のどこかに思いを馳せたりするのである。

鳥山 柚樹

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2017年08月06日

みずうみのむこうに

東海道本線の米原から京都まではちょうど湖に沿って走るようだから、琵琶湖線という愛称で呼ばれている。途中の彦根から乗った上り電車はやけに空いていた。花火大会があるらしく、彦根では降りてゆく人ばかりを見ていたこともあって、平日の夕方だというのに珍しいじゃないか、と私は言った。きっとこの後の近江八幡で新快速に追い抜かれるダイヤゆえのことであろう。列車は次の安土に着いてドアを開いたが、冷えた空気がホームを一瞬癒しただけで徒らだった。


ずいぶん気の抜けた旅をしているようであるが、今日はひとまず、この窓の外の琵琶湖のむこう、そのひと山越えたさきの京都の街まで行かねばならない。むろん、このままがら空きの普通電車に揺られていれば、ひと眠りでもするうちに京都には連れていってくれるのだが、長い湖畔と山越えの道という距離をむかしの旅人の草鞋のほころびに換えてみたりすると、ふとため息が出るのである。ちょうど列車の向きが太陽の沈むのを追いかけるような形なのが、私にそんな想像をさせるのかもしれない。


米原と京都のあいだ、道程も半ばにさしかかると、いよいよ夕暮れも終いになって、湖西に立ちこめた雨雲だか、比叡・比良の山脈だかに赤い太陽は隠れてしまって、浮雲の横っ腹をむらさきか紅に染めるばかりで、水際は遠く沿線に広がる圃場やその中に散らばる家々は、夕時の風景の中に押し黙ったように暗く沈んでいる。


旅の疲れか、明日への気怠さか、私の視線の行くさきは自然とほおづえをついて眺めみる窓のそとである。舞台の幕が閉じてゆくように日が暮れる、夜のとばり、とはよく言ったもので、東の空はもう夜の色をしているのに、西のほうを向けばかえってあかあかとして、湖の上に広がる大きな空に壮大なグラデーションが映るのである。


大津あたりも近くなって、そのうち車窓に黄色い光がぽつぽつ浮かびだせば、このあいまいな時間は終わりである。そして美しく眺めた広い空も、しょせん光に色付けされたものであったのか、と思い知る切なさがあとに遺るところだが、こんな空の儚さは祭りのあとの線香花火のようだね、と私は言った。


2017年8月6日 鳥山 柚樹
posted by Y.Toriyama at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記